1997年4月2日水曜日

市場経済システムは万能か?

クアンタム・ファンドで有名な、大胆にして緻密な投機戦略家のジョージ・ソロスが、アトランティック・マンスリー誌に『資本主義の脅威』と題する論文を発表し話題を呼んでいる。行きすぎた市場経済システムは伝統的な社会価値を破壊する可能性がある、「よい社会」とは単純な市場原理だけでは実現しないと、ベルグソン、ハイエクなども引用して繰り広げる彼の議論は、現代の市場メカニズムに精通し、そこから巨万の富を稼ぎ出すソロスがいうだけに意外性に富む。

ソロスのこの論文に限らず、昨今、いままで万能と見られてきた自由主義・市場経済を通じる問題解決の方法は果たして最善のものなのかとの疑問があちこちで見られるようになった。市場経済システムの一番の問題点はどうしても一時的には「行きすぎ」とならざるをえず、必ず後でその反動が来ることである。日本経済も全員が市場の亡者となったバブル時代の熱狂は今や遠くに去り、長きに渡る低迷を続けている。

この上なく力強い成長を続けたかに見えるアジアのいくつかの国でもバブルの終焉が現実のものとなりつつある。市場経済の歴史とはバブルの形成とその反動の繰り返しの歴史に他ならない。しかし何故バブルが発生するのか、どうして市場経済システムは懲りずに行きすぎを繰り返すのか、納得の行く説明はなかなかないのである。

その意味で、今般イングランド銀行が発表した金融機関のディーラーに対するボーナス制度に関する報告書は、一見してきわめて地味で技術的な問題を取り扱ったように見えるものの、市場経済メカニズムのロコモーティブ・パワーであるインセンティブ制度そのものに市場の「行きすぎ」をもたらすメカニズムが組み込まれていることを明らかにした点で興味深い。市場経済においてバブルはなぜ不可避なのかについて、一つのヒントを提供してくれるように思う。

報告書によればトレーダーへの報酬インセンティブがプラスとマイナスで非対称になっているのが問題という。トレーダーのボーナスがきわめて高額になっていることは有名だが、一方で失敗した場合でも、向こう傷を問われない場合が多い。最悪、首になるだけだが、首になっても同業他社から幾らでも拾ってもらえるので生活には困らない、つまりポジティブ・インセンティブとネガティブ・インセンティブが(信賞必罰が)非対称的になっている結果、全体としては常にリスクを増大させても儲ける可能性のある方向にインセンティブが働くというのだ。

すぐに気がつくが、これは金融取引におけるボーナスに限ったものではなく、セーフティーネットが整備された現代社会においては、あらゆる事業分野において観察できるように思う。それが常に経済の行き過ぎと反動をもたらしている可能性がある。

日本型資本主義が行き詰まった今、アメリカ型資本主義が今や唯一正しいものであると喧伝されている。確かによい点は多々あることは否定しないがアメリカ式資本主義にも問題はある。ちなみに今回のイングランド銀行が提言している新しいインセンティブ・システムとは、今まで「日本型」と呼ばれた企業システムにむしろよく似ているのである。

(橋本 尚幸)